「流刑?!!」
連れて来られた先は何故かケネスの自室で、しかもそこにはポーラとジュエルがいた。
この3人だけでものことを信じていてくれているのかと思うと嬉しかった。
「そうだ、昨日決まった。はこの島から追放される。」
冗談かと思ったが、目の前のケネスがあまりにも真剣な表情で言うのだから事実なのだろう。
軽い刑で済むとは思っていなかったが、流刑。
周りはきっと死刑にならなかっただけマシ。と思っているかも知れないけど、どっちも残酷だ。重刑にはかわらない。
「私も流刑になったわけ?」
だとしたら下手に動き回るよりは、じっとしていてと一緒に追い出されたほうが絶対に良かった筈だ。
「それが……」
ケネスが言いにくそうに視線を反らす。
「なんか知らねーけどはお咎めなしになったんだよな…」
「はっ?!なんでだってスノウが…」
「そのスノウがな…。」
怪訝な表情になるタルに、ポーラがため息をつく。
「スノウが貴女の件をなかったことにしたのよ。」
「はぁっ?!どうしてっ?!最初に言いだしたのはスノウなんだよ?!」
確かにあの時を疑ったのはスノウで、それに対して自身がどれだけ傷ついたことか。
そのスノウが考えを改めるなんて考えにくい。
「知らないけどスノウがそう言ったらしいよ」
いったい何考えているんだか。ジュエルがやはり言いにくそうに顔をしかめる。
きっと、スノウが勝手に言い出したことで、周りは全然納得してないんだろう。
また彼の我が儘が始まった、と戸惑う団員達の姿が目に浮かんでちょっと切ない。
スノウが一体どうしてそんな行動に出たのか理解出来ないが、どうしての事は解決しなかったのか。
今更どう足掻いても無駄な事だけれど。
は流刑で私は無罪。
「で、はどうするんだ?」
にやり、とタルが聞く。その表情はを試すようで、の答えを最初から知っているかのような。
その瞳に挑戦するかのように、強い決意を固めて口を開いた。
そんな事初めっから決まっている。
「もちろん、私は……」
私ひとりだけ助かったって嬉しくない。
programma2-7 cambiamento - 急変 -
「空が青い、青いよ……」
なんだってこんなに青いんだ、今までは綺麗だと思っていたそれが鬱陶しくてしょうがない。
「うーみーはぁひろいーなお〜きいなー」
「……」
ごろりとやる気無さげに船の縁に身を乗り出す少女を呆れた目で見る少年。
その少年の柔らかいミルクに溶けた紅茶色の髪と赤いハチマキがサラサラと風に揺れた。
「さっきから五月蠅いんだけど」
「そうだぞ、何だそのわけのわからん歌は!お前音痴すぎ!」
失礼極まりない事を言われても言い返す気にもならない。ぼんやりと視線だけで相手を睨んで直ぐに空を仰いだ。
代わり映えしない青にすっかり目は乾ききっていた。
「どうして海はこんなに広いんだろうね」
はあ?と聞き返す少年に今度は見向きもせずに続ける。
「タル君。私達は今どこに向かっているのでしょうか?」
ぴちゃん、と伸ばした手が海に触れてひんやり気持ちが良い。この感触にもいい加減飽きてきた。
「そりゃあ……、そんなのわかってりゃあ今頃こんなところで放浪してないだろうさ」
質問に答えたのはタルではなく、第三者の声。
気を緩めっぱなしのを咎めるようにケネスは手のひらで海水をひと掬いして、
締まりのない少女の顔に滴を飛ばす。わ、つめたっ、飛び上がるにしっかりオールを漕ぐよう促した。
しかし彼自身もいい加減この状況に飽き飽きしたような様子が伺える。
それはその通りである。行き先がわかっていれば流刑にならないし、こうして漂流することもない。
「とりあえずさ」
そう言って視線を海に向けて大きなあくびをしたら、静かな海の上で結構響いた。
本当に周囲に何もない。他の船も、島の陰すらも。
そろそろ何か見えてきても良いのではないかと、必死に目を凝らせども、見渡す限り地平線。
地平線は必ずどこかに続いているけれど、それは永遠に海なのではないか。
「お腹空いた。」
今度はあくびではない呑気なお腹の鳴る音が切実に響いて、波の音に消えていった。
船、というには粗末なそれに乗り込んだのは、タル、ケネスの三人だった。
ポーラやジュエルも「一緒に行く」といって大分渋っていたのをなんとか説得しての結果だ。
そんなに大勢で忍び込むのも無理があったし、なによりもどうなるかわからない危険な旅に
まだ若い女の子の二人を巻き込むわけにいかない、というケネスの意向もあった。
その言葉に二人は「男女差別!!」と烈火の如く怒っていたが、
も「私も女の子なんですけど……。」と微妙な心境を抱いたのもここだけの話。
兎にも角にも少女二人の骨が折れる説得の末、はが乗せられると情報を得ていた船に忍び込む事に成功した。
嵐や少しでも大きな波に襲われたら一溜まりもないだろう危うい状態で、今まで何事もなく来られたのは奇跡に近い。
何故か自分たちの他に誤ってついてきてしまったネコボルトのチープーと一緒に現在も危うい船の旅を満喫中だ。
「そのセリフ、今日で7回目〜!」
「チープー数えてたの?暇なことするよね」
「だって暇だし〜」
狭い船内でいい加減やる事がなくて皆飽き飽きしている。
極めつけは、ここ数日、食事も満足にできていないのが何よりも影響しているのだろう。
「人間腹が減ると戦なんて出来ないもの」とがもっともらしい事を言っているのに誰も突っ込めない。
そして人間腹が減ると苛々してくるものである。
「なんか私チープーの毛皮みてると暑苦しくてたまらないんだけど!」
わざとらしくチープーの顔に向かって両手をパタパタと仰いで見せる。
自分ですらこんなに暑いのに、毛皮を纏った獣達はどれだけのものだろう。
「ひ、ひどい〜!ネコボルトなんだからしょうがないじゃないか!
しかも毛皮ってその言い方、絶対に僕の毛だけは売らないぞ〜!!」
「いやいらないし。………ネコボルトって美味しいの?」
暑苦しい、と理不尽な事を言っておきながら今度はまじまじとチープーのを見つめるにチープーは悪寒を覚えた。
空腹に堪えかねて、若干目が据わっているように見える。僕は食べられてしまうのかもしれない。
「ひ、ひど!!最早毛皮を剥いだ後の算段までしてるわけ?〜〜!!」
に泣きつくチープーに慌てる。
「なんでそこでに!!ちょっとまって冗談だってば!!
あまりにもチープーの毛皮…じゃなかった毛が暑そうだからからかっただけだって!!」
「この状況でその冗談は笑えないよ!!」
呑気な二人の会話を横で聞いていたタルはうんざりしながら視線を反らした。
ため息をついてもいいだろうか。
「おい……。」
思わず口から零れた言葉に今更反応する者などおらず。
見間違いだろうか。焦る心を落ち着かせて、しっかりと目を凝らしてみる。
間違いない。あれは今まで自分たちが求めて止まなかったもの。
夢で、蜃気楼で何度もみたことがあったが、これは間違いなく本物だ。
「おい!!!」
確信を持ってもう一度発した言葉に、仲間達は何事かとタルの方を見る。
それはそんな声を荒げて体力が消耗するだけだ、
と非難めいたものであったがそんな事お構いなしにタルは続けた。
「見てみろ!!船だ!!」
今までだらけていたのはこの時の為だと言わんばかりの俊敏な動きで
言葉に反応した仲間達は一斉にタルの指す方向へ目を向ける。
よく目を凝らすとなんとか見える程度の距離ではあるが確かに
地平線の先に小さな黒い染みのようなものが浮かんで見えた。
「ほ、ほんとだ!!」
「幻じゃないよね?!」
「ったりめーだ!!」
「やったーー!!」
やっと芽生えた希望に、久しぶりに皆から笑顔が零れる。
「とりあえず、あの船に近づこう。」
冷静に述べるに一同頷いて、オールを手にした。
まだ微かに視界に写る程度で、船の様子、大きさなどはわからない。
だけどようやく見いだした希望の光を目にしてそれを逃すわけにはいかない。
怠けきったの脳内も正常に働きはじめ、とにかく今は手にしたオールを一生懸命漕いだ。
(あの船の人達が親切な人で、食事とか恵んでくれたら嬉しいな。)
頭の中にすっかりご無沙汰していた、自分の好物を思い浮かべると自然と頬が緩んだ。
お腹一杯ご飯を食べて、ふかふかのベッドに横になりたい。
既に脳内は願望の世界に飛び立った幸せそうな表情は、端からみても間が抜けたもの。
の脳は正常の筈だ。……只少しばかり腹が空いているだけで。
そんなを横から見て、こっそりため息をつくだった。
2006.5.6